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東京高等裁判所 平成5年(ネ)3292号 判決

控訴人

関則之

小林稔和

小山立雄

右三名訴訟代理人弁護士

奥野善彦

稲見友之

野村茂樹

滝久男

山中尚邦

井上由里

藤田浩司

佐藤りか

大西正一郎

佃克彦

被控訴人

野村証券株式会社

右代表者代表取締役

酒巻英雄

右訴訟代理人弁護士

山田尚

木村康則

主文

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人は、控訴人関則之に対し、金二三四八万六二三二円及びこれに対する平成三年一〇月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被控訴人は、控訴人小林稔和に対し、金一八六四万四五六九円及びこれに対する平成三年一〇月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

四  被控訴人は、控訴人小山立雄に対し、金八七六万三三六六円及びこれに対する平成三年一〇月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

五  控訴人らのその余の各請求を棄却する。

六  訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを五分し、その三を控訴人らの、その余を被控訴人の各負担とする。

七  この判決は、控訴人ら勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  申立

一  控訴人ら

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は、控訴人関則之(以下「控訴人関」という。)に対し、金七二八八万六〇四七円及びこれに対する平成三年一〇月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  被控訴人は、控訴人小林稔和(以下「控訴人小林」という。)に対し、金四六三三万一八〇四円及びこれに対する平成三年一〇月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

4  被控訴人は、控訴人小山立雄(以下「控訴人小山」という。)に対し、金一二八二万一九五二円及びこれに対する平成三年一〇月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

5  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

6  仮執行宣言

二  被控訴人

控訴棄却

第二  事案の概要

原判決事実及び理由の「第二 事案の概要」欄記載のとおりである(ただし、原判決三枚目表七行目の「争いがない」を「乙一の五、証人A」と改める。)から、これを引用する。

第三  争点に対する判断

一  被控訴人の使用者責任について

事案の概要一の「控訴人らとAとの関係」と証拠(甲四ないし一八、一九の一ないし六、二〇ないし二九、三〇の一ないし四、三一ないし三三、三五ないし四二、四三の一ないし三、四四ないし四七、五〇、五一、七四、乙四ないし六、八、証人A、同村上敏雄、控訴人関〔原審及び当審〕、同小林〔原審及び当審〕、同小山)によれば、以下の事実が認められる。

1  被控訴人新宿駅西口支店(以下「西口支店」という。)の投資相談課長A(以下「A」という。)は、被控訴人の外務員であり、平成元年七月から平成三年六月までの間、同支店の営業部門において支店長に次ぐ地位にあったが、その職務内容は、顧客から各種の投資相談を受けることの他、顧客に対する株式等の売買の勧誘、顧客から被控訴人に対する売買取次の受託、新規公開株については、顧客の入札申込の取次ぎ、同支店の公募売出し分の買付け申込の受付、同支店の公募売出し分の配分決定への参画等広範多岐にわたっていた。

2  Aは、西口支店における投資相談課長の立場を利用して、同支店及び被控訴人沼津支店において株式取引のあった控訴人らから金員を騙し取ろうと考え、控訴人らに対し、「新しく会社が上場する際の新規公開株は必ず値上がりする、他人名義で取った新規公開株がある、落札した人が代金の払込みをしないものの権利を譲渡する、人の名前を使って取った公募分を割り当てるから取引しないか」等と言ってその割当て権限を有することを誇示しながら、新規公開株の取引の勧誘をした。

その際、Aは、新規公開株の取得方法として、競争入札と公募の二つの形態があるが、入札分については倍率が高いから第三者の名義を多数使用して落札し、公募分については被控訴人が幹事証券会社であって十分な数の公募株の割当てがあるから、いずれの場合でも新規公開株の取得は確実である、購入代金については、他人名義で買付けをするため被控訴人会社の口座を使えないので、会社の口座のある大和銀行新宿新都心支店のA個人名義の普通預金口座(以下「本件口座」という。)に振り込んでくれれば、Aのほうで新規公開株を取得して、保管、売却の上、控訴人らにその売却代金を入金する旨説明した。なお、Aは、控訴人関に対し、新規公開株の取引につき、「西口支店の上層部しか知らないことだ、自分が支店長から全部任されている。支店の部下には特別優遇されていることを話さないようにしてほしい」と説明していた。

3  控訴人らは、Aが業界トップの被控訴人西口支店投資相談課長という地位にあることから、新規公開株は値上がりが確実に見込めるという同人の説明を信じ、得意客を特別に優遇してくれるものと考え、Aの勧誘に応じ、取引の都度同人の指示に従って、新規公開株の購入代金をAの本件口座に振り込んで支払った。そして、控訴人関と同小林は、Aの指示により、振込用紙の振込依頼人欄に「A」ないし「本人」と記載した。なお、控訴人らは、右購入代金の具体的な支払額等については主として西口支店にいるAと頻繁に電話で打ち合わせたが、同人が西口支店に不在の場合は他の従業員に伝言を依頼することもあった。また、控訴人らは、西口支店付近の喫茶店でAと待ち合わせて株式取引についての打合せをしたり、西口支店を訪ねて同人と新規公開株の取引について商談をすることもあった。

4  Aは、実際には新規公開株を取得していないにもかかわらず、取得して売却したかのように見せかけるため、何回かの取引をまとめたかのように装った取引報告書を被控訴人が社用に使用している「野村證券株式会社」のネーム入りの封筒に入れて控訴人らに送付していた。これらの取引報告書の用紙(一部)は、被控訴人が社用に使用している「野村證券株式会社」のネームの入った便箋が用いられ、これには取引結果から手数料を差し引いた金額が記載されていたが、いずれもAの手書き(一部鉛筆書き)によるものであった。また、控訴人らは購入したとする新規公開株につきAから保護預かり証の交付を受けなかった。控訴人らは、Aから他人名義を使って新規公開株の取引を行うので買付代金を同人の個人名義の預金口座に振り込むよう指示を受けており、また、同人を介して新規公開株の買付けと売却を繰り返していたことから、西口支店に取引口座がないまま新規公開株の取引が行われていること(西口支店において、控訴人関については取引口座が途中で閉鎖され、控訴人小林については取引口座が開設されなかった。)や取引報告書が手書きであったり、保護預り証の交付がないことについてAに対し不信を抱かなかった。

5  控訴人らは、被控訴人西口支店の投資相談課長で外務員のAが特定の銘柄と単価及び取得可能な株式数等を具体的に示して取引を勧めたこと、同人が勧めた特定銘柄の新規公開株の単価が実際に同人の説明どおり入札の上限価格となっていたこと、Aは勤務時間中に西口支店の自席から控訴人らに電話をかけ、控訴人らも勤務時間中に同支店にいるAに電話を入れて新規公開株の取引について問い合わせをするなど通常の取引と同様の方法で連絡を取り合っていたこと、Aは被控訴人会社の用紙を用いた取引報告書を作成して同会社の封筒に入れて控訴人らに送付し、取引報告書に記載された取引結果には所定の手数料が徴収されたことになっていたこと等から、Aが被控訴人と関係なく、被控訴人に内緒で不正な取引を行っているとは思い至らず、本件各取引はいずれも被控訴人の業務として行われているものと認識していた。

6  控訴人関がAに支払った新規公開株の購入代金額は、原判決別紙一の「一 原告関の主張」欄記載の金額のうち、①ないし⑭及び⑰ないし⑳の合計一億四四三四万四五九〇円である。なお、控訴人関は、同欄の⑮、⑯の金員も支払った旨主張し、その趣旨の陳述書(甲四〇)と同控訴人の供述があるが、裏付け資料に欠け、Aの警察官に対する反対趣旨の供述調書(甲三八)及び同人の証言に対比すると、控訴人関の右陳述書と供述は採用し難く、他に右支払いを認めるに足りる証拠はない。

控訴人小林がAに支払った新規公開株の購入代金額は、原判決別紙一の「二原告小林の主張」欄記載の金額のうち、①の一二八〇万円につき控訴人関が支出した六四〇万円を控除した残金六四〇万円及び②、③、⑤ないし⑬の合計金一億四〇九三万九二七九円である。なお、②の一五〇〇万円の半額七五〇万円の出所は控訴人小林の母親であったが、②の株式を買い付けて被控訴人に代金一五〇〇万円を支払ったのは控訴人小林であった。

次に、控訴人小林は、④の一二〇〇万円を支払った旨主張し、証人大熊久之の証言及び控訴人小林の供述(原審)中には右主張に沿う部分があるが、これを裏付ける証拠に欠け、控訴人小林及びAの警察官に対する各供述調書(甲三二、三六)に対比して採用し難く、他に右支払の事実を認めるに足りる証拠はない。

また、控訴人小林は、同欄の⑭及び⑮の各金員につき、新規公開株の購入資金として、藤井が支出した金三〇九万円と名取が支出した金三一五万円を、控訴人小林が代わって同人らに返済しているから、これらの金額も同控訴人の損害であると主張するが、右各金額に対応する新規公開株の購入代金を支払ったのは右両名であり、控訴人小林の右返済は同控訴人が右両名にAを紹介した責任をとるために行ったものにすぎないから、右各金額を控訴人小林のAに対する支払金額(損害)とすることはできない。

控訴人小山がAに支払った新規公開株の購入代金額は、原判決別紙一の「三原告小山の主張」欄記載の①ないし④の合計金六九五九万円である。

7  Aは、控訴人らに対する詐欺行為が発覚するのを免れこれを継続するために、控訴人らに対し、新規公開株の売却代金であると称して、次のとおりの金員を交付した。控訴人関は、Aから原判決別紙二の一の1の①ないし⑩の合計金一億一三〇七万八五四三円を受領したことを自認している。これに対し、被控訴人は、同別紙二の一の2記載のとおり、控訴人関の右自認金額の他に、⑪ないし⑭の各金員の交付を主張し、Aの警察官に対する供述調書(甲三八)及び同人の証言中には右主張に沿う部分があるが、これを裏付ける証拠はなく、控訴人関の供述に照らし採用し難く、他に被控訴人の右主張事実を認めるに足りる証拠はない。

控訴人小林は、Aから原判決別紙二の二の1記載の②及び③の各金員の合計額につき控訴人関分として受領した金額(半額)を控除した残金七二九万六一五二円及び①、④ないし⑩の各金員の合計金一億一六一六万一三二二円を受領した。

控訴人小山は、Aから金五七九二万八〇四八円を受領したことを自認している。

右認定の事実によれば、Aは、被控訴人の外務員で西口支店の投資相談課長の立場を利用して、控訴人らに対し、新規公開株の取引をもちかけて、購入代金名下に多額の金員を騙し取っていたものであるから、Aの右行為自体は、同人の職務権限の範囲内に属するものとは認められない。しかし、一般に、証券会社の行う新規公開株の入札申込みの取次ぎ及びその公募は、証券会社の事業の執行の範囲内のものであって、Aは、被控訴人の外務員であり、かつ、西口支店の投資相談課長として証券取引に関し包括的な代理権を有しており、西口支店において、新規公開株の入札の申込みの取次ぎ、公募の申込みの受付け及び顧客への配分決定の業務を担当していたものであるところ、株式投資による利益の有無・程度に関心を寄せている一般投資家である控訴人らにおいて証券会社が新規公開株の譲渡につき実際にどのような取扱いをしているのかを正確に認識するのは困難であるから、Aの行為は、被控訴人の業務あるいはAの職務と密接な関連を有し、その外形からみて被控訴人の事業の執行の範囲内に属するものというべきである。

ところで、被用者の取引行為がその外形からみて使用者の事業の範囲内に属すると認められる場合でも、相手方が被用者の職務権限内において適法に行われたものではないことを知り、又は重大な過失によって知らなかったときは、相手方は、使用者に対してその取引行為に基づく損害の賠償を請求することはできない(最高裁昭和四二年一一月二日第一小法廷判決・民集二一巻九号二二七八頁参照)。なお、ここにいう重大な過失とは、取引の相手方において、わずかな注意を払いさえすれば、被用者の行為がその職務権限内において適法に行われたものでない事情を知ることができたのに、漫然これを職務権限内の行為と信じたことにより、一般人に要求される注意義務に著しく違反することであって、故意に準ずる程度の注意の欠如があり、公平の見地上、相手方に全く保護を与えないことが相当と認められる状態をいう(最高裁昭和四四年一一月二一日第二小法廷判決・民集二三巻一一号二〇九七頁参照)。

そこで、本件において、控訴人らが、Aの行為が職務権限内において適法に行われたものでないことを知っていたか、又は知らなかったことにつき重大な過失があったか否かについて検討する。

前認定の事実によれば、控訴人らは、被控訴人が証券業界トップの証券会社であり、被控訴人の西口支店において支店長に次ぐ地位にあって、同支店の投資相談課長として広範多岐にわたる職務を担当し、相当な裁量権限を有していたAから新規公開株は確実に値上がりすると勧められて本件新規公開株の取引に応じたこと、控訴人らはAの言葉を信用して現に多数回わたって本件各取引を行い、新規公開株の購入代金名下に多額の金員を支払うと共に、取引の結果としてAからかなりの額の金員が控訴人らに支払われていたことから、控訴人らは、Aが平成元年六月失踪するまで詐欺にあっていることに全く気付かなかったこと、Aが本件各取引を同人の職務と関係なく個人の立場で行う旨を表明していたことはないこと、Aは、昭和六三年以降、控訴人らを含む顧客二〇余名から、新規公開株を購入していないのに、これを購入して高く売却し利益をあげることができるかのように装って購入代金名下に総額二拾数億円の金員を詐取しており、Aの詐欺行為にあったのは控訴人ら三名だけではないこと、控訴人関は、自ら新規公開株の取引をするとともに、控訴人小林、同小山に新規公開株の取引を勧めAに口利きしているが、控訴人らにおいてAが被控訴人とは無関係な立場で新規公開株の取引の勧誘をしていることがわかっていれば、控訴人関が控訴人小林、同小山に新規公開株の取引を勧めたり、あるいは控訴人らが多額な金員をAに送金しなかったであろうこと、Aから送付された取引報告書では被控訴人の手数料が差し引かれており、被控訴人との取引であるとの体裁が取られていたこと等に照らすと、控訴人らは、業界最大手の証券会社である被控訴人の西口支店の投資相談課長の地位にあるAがその地位に基づいて同人の職務の一環として被控訴人の得意客である控訴人らに対して新規公開株を融通し便宜を図ってくれるものと思い、本件各取引は控訴人らと被控訴人との間に成立するものと信じていたが故に多額な金員を送金し本件各取引に応じたものであって、Aの行為が職務権限内において適法に行われたものでないことを知らなかったものと認められる。

次に、控訴人らが、Aの行為が職務権限内において適法に行われたものでないことを知らなかったことにつき重大な過失があったか否かについてみると、Aの行為は、一般に顧客が入手することが困難とされる多数の新規公開株につき入札又は公募売出しという正規の手続に基づかずに他人名義を使用して入札等により取得したとしてその購入を勧めるものであり、買付代金の支払につきA個人の銀行口座へ振込依頼人名義を「A」ないし「本人」を用いて振込送金するよう指示していること、Aが本件各取引につき控訴人らに送付した取引報告書は鉛筆書きであって通常の株式取引で受け取っていたものとは異なっていること、Aは本件各取引について控訴人らに対し保護預り証を交付していないこと、控訴人らは本件各取引の打合せ等をする際に、被控訴人西口支店の店舗でなく、付近の喫茶店を利用したこともあったことは、前認定のとおりであり、これに控訴人らが株式取引につき相当の知識、経験を有していること(なお、控訴人小山は、控訴人関、同小林と比べると、株式取引の経験が比較的浅い。)を考慮すると、控訴人らは、Aの行為が被控訴人西口支店の投資相談課長としての職務の範囲に属するか否かにつき疑いを抱いてしかるべきであり、かつ、そのような疑いを抱いた場合には、同支店の支店長に問い合わせるなどその点の調査を行うことは可能であったものと認められる。したがって、控訴人らには、Aの行為が職務権限内において適法に行われたものでないことを知らなかったことにつき過失があったというべきである。

しかしながら、前認定のとおり、被控訴人は我が国最大手の証券会社であり、Aは西口支店において支店長に次ぐ地位にあり、顧客の同人に対する信頼度は高いものであったこと、控訴人関及び同小林は、Aの被控訴人沼津支店勤務以来の、控訴人小山は、被控訴人西口支店の、それぞれ得意客であって、いずれも控訴人らの株式取引につきAが担当責任者であって同人を信頼し多額な取引をしていたこと、控訴人らは株式取引につき相当の知識、経験を有してはいるが、一般投資家にとっては、株式投資による利益の有無・程度が最大の関心事であって、一般投資家である控訴人らに対し、新規公開株の譲渡につき証券会社が現実にどのような取扱いをしているかについて正確で十分な知識を要求するのは困難な面があること、控訴人ら以外にも、多数の顧客が控訴人らと同様の方法によりAの詐欺行為の被害にあい、新規公開株の購入代金名下に多額の金員を詐取されていることからすると、それだけAの欺罔の手口が巧妙であったことが窺われること、控訴人関、同小林は、西口支店に取引口座がないまま新規公開株の取引を行い、また、控訴人らは、本件各取引につき購入代金をAの個人口座に振り込み、同人から正規の取引報告書や保護預かり証の交付を受けなかったが、Aが多数の他人名義を使って入札申込み・公募分の買付け申込みをしている関係からそのような取扱いになっているものと信じ、同人を介して継続的に新規公開株の買付けと売却を繰り返していたものであること、控訴人らは、本件各取引につき被控訴人西口支店の店舗ではなく付近の喫茶店を利用したこともあるが、本件各取引の打合せは主として西口支店にいるAと電話で行っており、西口支店にAを訪ねて同人と新規公開株の取引について商談したこともあったこと、また、同人が西口支店に不在の場合は他の従業員に新規公開株の取引についての伝言を依頼したこともあること、控訴人関、同小林は本件各取引に関しAに相当額の謝礼をしたことがあるけれども、一般に営業担当者がその担当した取引に関して当該顧客から個人的に謝礼を貰うことはありえないことではないことに照らすと、控訴人らが、Aにおいて被控訴人西口支店の投資相談課長の地位に基づいて、職務の一環として、得意客である控訴人らのために特別に新規公開株を融通してくれるものと信じたとしても無理からぬ点があり、控訴人らにおいて、Aの行為が職務権限内において適法に行われたものでないことを知らなかったことにつき、故意に準ずる程度に著しい注意義務の違反があったとまでいうことは相当でないから、控訴人らには右の点につき重大な過失はなかったというべきである。

以上によれば、Aの行為は、控訴人らに対する不法行為(詐欺)に当たり、いずれも被控訴人の業務の執行についてされたものであるから、被控訴人は、民法七一五条一項に基づき、使用者として、控訴人らが被った損害を賠償すべき責任があるといわなければならない。

二  過失相殺について

控訴人らには、本件各取引に関し、前認定の過失があり、Aの行為がその職務権限内において適法に行われたものでないことについて十分な注意を払っていれば、控訴人らは右の各損害を被ることを避けることができたことを考慮すると、控訴人らの過失を損害賠償額を算定するにあたって斟酌するのが相当であり、Aの行為(欺罔行為)の態様、控訴人らの過失の内容、程度等に照らすと、控訴人らの各過失割合はいずれも三割とするのが相当である。

三  損害

前認定の事実によれば、本件各取引(買付けと売却)が継続的に繰り返されたことにより控訴人らが被った損害額は、控訴人関が三一二六万六〇四七円、控訴人小林が二四七七万七九五七円、控訴人小山が一一六六万一九五二円であり、控訴人らの過失相殺後の損害額は、控訴人関が二一八八万六二三二円(円未満切捨て、以下同じ)、控訴人小林が一七三四万四五六九円、控訴人小山が八一六万三三六六円となる。

ところで、不法行為の被害者がその権利を擁護するために訴えを提起することを余儀なくされ、訴訟の提起、追行を弁護士に委任した場合には、右弁護士費用は事案の難易、請求額、認容額その他諸般の事情を斟酌して相当と認められる範囲内のものにかぎり当該不法行為と相当因果関係に立つ損害としてその賠償請求が認められるべきであるところ、本件事案の内容に照らせば、控訴人らが本訴の提起、追行を弁護士に委任したことは余儀ないものと認められ、本件審理の経過、控訴人らの損害額(認容額)を考慮すると、控訴人らが被控訴人に対して、本件各取引による損害として賠償を求めうる弁護士費用の額は、控訴人関が金一六〇万円、控訴人小林が一三〇万円、控訴人小山が六〇万円とするのが相当である。

そうすると、控訴人らの損害額の合計額は、控訴人関が金二三四八万六二三二円、控訴人小林が金一八六四万四五六九円、控訴人小山が八七六万三三六六円となる。

したがって、控訴人らの被控訴人に対する民法七一五条一項(使用者責任)に基づく各請求は、右の各損害額及びこれに対する不法行為の後である平成三年一〇月一〇日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが、その余は理由がない。

四  被控訴人の契約責任について

控訴人らは、「Aは、被控訴人の外務員であり、証券取引法六四条一項により、被控訴人に代わって証券取引に関する一切の裁判外の行為を行う権限を与えられていたところ、控訴人らは、Aを介して被控訴人との間で新規公開株購入・売却等に関する本件委託契約(本件各取引)を締結したものである」として、本件委託契約の解消又は被控訴人の債務不履行を理由に、被控訴人に対し、清算金ないし損害賠償金の支払を求める。

そこで、控訴人らと被控訴人との間において本件委託契約(本件各取引)が有効に成立したものであるか否かについて検討するに、前認定のとおり、Aは、被控訴人の外務員で西口支店の投資相談課長として証券取引に関し包括的な代理権を有しており、西口支店において、新規公開株の入札の申込みの取次ぎ、公募の申込みの受付け及び顧客への割当ての業務を担当していたが、その立場を利用して、控訴人らに対し、架空の新規公開株の取引をもちかけて、控訴人らに本件各取引に応じさせ、購入代金名下に多額の金員を騙し取ったものであり、Aの右欺罔行為の内容は、入札又は公募売出しという正規の手続に基づかずに他人名義を使用して入札等により取得したとして多数の新規公開株の購入を勧めるものであるところ、多数の他人名義を用いて入札申込み・公募分の買付け申込みをして新規公開株を取得した上、そのような方法によって取得した代金払込前の新規公開株を売買し又はその取次ぎをすることは、本来証券会社である被控訴人の業務にもAの職務行為にも属さず、同人の職務権限の範囲外のものであって、本件委託契約(本件各取引)は、Aがその権限に基づかずに控訴人らとの間で締結したものであるから、有効に成立したものということはできない。

したがって、控訴人らが、本件委託契約(本件各取引)が有効に成立したことを前提に、被控訴人の契約責任を追及する請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。

第四  結論

以上によれば、控訴人らの本件請求は右の限度で一部理由があるが、その余は理由がないから、これを全部棄却した原判決は一部失当であり、本件控訴は一部理由がある。

よって、原判決を取り消し、控訴人らの本件請求を右の限度で認容し、その余を棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法九六条、八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官時岡泰 裁判官小野剛 裁判官山本博)

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